月蝕7 / ねこまたぎ 忍者ブログ

ねこまたぎ

「木葉日」の徒然

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2012.09.17

 カカシとイルカの前方に、殺伐とした砂だらけの原野があった。奇跡的に地表から生えているのは根が深い多肉植物の類いばかりだ。少ない植物にこれも僅かな虫たちが群がるだけで、他には眼に留まるような野生生物の気配はない。そんな風の国の手前の無統治地区である。
 本格的な砂漠地帯の方が人が集まり整備されているのは、地層の中に太い水脈が存在するせいだ。風の国の都と違いこの荒野は地下の水も乏しい上、鉱物等の資源も発見されていない。ものの無い所には開拓者は集わない。砂上の道なき道に旅人のための宿場の一つもある筈は無く、人工の明かりが灯っているとしたらそれは世を捨てたわけ有り人の集落か、素性も存在も隠していたい犯罪者の住処であろう。この地帯を風の国への陸路の一つとして数えているのも、忍か盗賊くらいだ。めったに人間には会わないだろう道無き道。けれど出くわしたならその相手はろくなものではない砂地。月輝の消えた地点がこの地帯の中だった。
 カカシは生物の気配にたぶんいつも以上に注意を払っていた。
 他里の忍びとの無用な接触も、犯罪者の討伐も今回は目的外だ。出会いがしらの相手の警戒度如何ではつまらぬ挑発をされないとも限らない。偶然にそんな羽目に陥ったとしても時間の浪費である。カカシは任務の期限を延ばすつもりはなかったのだ。里長に決められた以前に、この、イルカにつかず離れず追われる状況を早く終らせたかった。
 イルカは黙々と付いて来た。寡黙で、そして時折り衝突してくる突風と砂塵に眼を細める以外、ほとんど無表情に。
 カカシは公の任務ではないので集合場所は阿吽の門ではなく北門と指示し、出立までの刻限は七日の装備を整えるのに十五分しか猶予を与えなかった。
 日頃里外任務に日々を費やす者なら三日から七日の装備など常から複数用意している。カカシもそうだ。帰還直後、当日中に任務が割り振られる可能性もあるからである。圧倒的に内勤の多いイルカの備えを試すつもりはなく、ただ外勤者向けの迅速を要求することで、万が一でもイルカが指定の時間に遅れたならば、それを理由に独りで発ってしまえるという算段込みだった。
 定めた集合時に来なかったから。五代目にはあとにそう言い分けすることにして、イルカをおいていける確立を期待したのだった。
 しかしイルカは最短の時間制限をきっちり守って北門にいた。さすがそこは教育者である。或いはイルカだから、かもしれない。忍びの卵らを導く任務を主とするイルカが己の備えを怠る筈がなかったのだ。
 几帳面と実直はイルカの美徳の内である。カカシは微かに背後の男を盗み見て、そんなところもまた自分の中の征服欲を駆り立てるのだと己の中の狂気をイルカのせいにする。
 こんな男の後ろを任務とはいえよくも淡々とついてくるものだ。二人きりの任務を命じた五代目も五代目なら、一言も抵抗しなかったイルカもイルカだろう。
 カカシはシズネとテンゾウに負けず劣らず耳を疑ってみせた。冗談ですか、と訊ねてもみた。火影に言ったとおりだ、と返され解散を言い渡されその場は引き下がったが、イルカの遅刻を当てにしたり、出立直後は中忍には酷かと思われる速度で走り通したりと、なんとかこの状況から逃れたい一心だった。
 イルカをまくのを諦めたのは足が砂に着いてしまってからだ。もしも砂漠で自分を見失ったなら、イルカは生真面目に上司を探し続けるだろう。イルカは阿呆ではないから単独行動ができないとは思わない。カカシと合流するすることが叶わなければ生き延びる選択枝として里を目指して引き返すか、砂漠を抜けようとするだろう。
 そう。イルカが愚者ではないのは重々承知で、それでも人里離れたこんな場所でイルカを彷徨わせるのは不本意だった。いつかイルカが自分の姿を探して探して探し続け、あげく危い輩の巣窟に迷い込んだ件のことはどうやらカカシのトラウマと化している。
 今のイルカは正気であるのにも関わらず、自分が突き放せばその途端に、自分以外の捕食者に攫われてしまうような恐怖があるらしい。無法地帯にイルカより腕の立つ忍び崩れが棲んでいるやもしれない。略奪以外の暴力をイルカが受けたなら、カカシはその加害者を八つ裂きにしても気がすまないだろう。
 そんなことになるならいっそ首を絞めて己の手で息を止めたいほどに愛おしい。いやイルカは息の根を止めるより首輪をかけて繋いでおくべき生き物だった。
 カカシは一定の速さを保ち走り続けながら、イルカを度々振り向いては鬱屈した妄念に苛まれ苦い息を吐いた。
 こんな任務は命令無視で懲罰をうけようと、断固拒絶すればよかったのかもしれない。
 それは空耳だったか。それともカカシが実際に呟いたものか。
 口にしてもしなくても、里を出てからろくに声もかけない態度では、カカシの心境はとうに伝わっていただろう。互いに顔に出さないだけで、このツーマンセルが気詰まりで不愉快なものという点は二人合致しているはずだ。
 カカシは日が傾きかけたのを見計らい止めた脚で踵を返し、砂地に現れた岩場を指差した。
「ちょっとここらで休憩。枯れてなければあそこにうちの特殊部隊が掘った井戸があるから」
 頷いたイルカは呼吸を整える合間に安堵したような溜息を吐いたようだった。俯き加減に瞼を伏せる様を上から見下ろして、うっすらとまだ隈の残る目元に罪悪感を覚えた。こんな遠出が予定されていたなら手加減しただろう。ほんの数日前、カカシに全てを明け渡した別人を思い、カカシはイルカより盛大に溜息をついてしまった。
「……いったいどういう罰かってー話」
 井戸がある筈の岩場に飛び乗りながら、思わずこぼすと、それは自分が足手まといという意味ですか? と返ってきた。
 カカシは高い場所からイルカを見下ろし、襟刳りの際と耳朶の後ろの痣を眺めて更に鬱的になる。
「俺と二人きりで任務だなんて、五代目になんの文句も言わずにいたのは俺にあてこすりになると思ったからじゃない?」
 軽く睨んだ先で、イルカは唇を歪めて笑いの形にしたが眼は笑んではいない。
「考え過ぎですよ。自分は火影様の命に従いあなたの補佐に就いただけです。野宿の仕度でも食事の用意でもなんでもしますし、斥候も囮もそれなりにできます。あなたは木の葉の大切な上忍ですから、くだらぬ賞金稼ぎが襲ってきたら楯にもなります。好きに使って下さい」
 覚悟と忠義を示したセリフは平淡で、情の一つも込められていなかった。イルカがそんなものの言い方をするようになったのは、紛れも無く自分のせいで、自分にだけなのだ。カカシは最愛の対象の身体を躾ける他に、随分と冷淡な男に仕立て上げていたらしい。
 そんな容赦のない態度につられ、此方も牙を剥きたくなるのは悪い癖と知っている。それでも口が滑る。
「なんでもしますって? ならこの任務の間に正気のまんま俺と寝て」
 イルカの応えは待たず、カカシは砂から突き出た岩と岩の隙間に降りた。是の返答など端から期待していない。ただ小癪にも平易を装うイルカを言葉で捻じ伏せ黙らせたかっただけだ。案の定、イルカは口を噤んだようで、岩盤を隔てた向こうで静かであった。


 

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