ねこまたぎ
「木葉日」の徒然
※映画『TIME』ネタでカカイル。
イルカはけっこう驚いている。
(そら誘ったのは俺なんだけど……)
狗面の暗部はついてきた。最初の数メートルはイルカが強引に引っ張ってしまったけれど煩そうに手を払われたあとは黙ってイルカの真後ろを歩いてきたのだ。
彼はイルカが尊敬する『白い牙』の間違いなく息子で、特殊部隊で刻の監視委員で、つっけんどうな物言いをするが人としては普通に優しいようだった。
暗部の少年とラーメン屋『一楽』のカウンター席に並んで座ったころには、すっかり浮かれていた。こんなにワクワクした気持ちになったのは、初めて忍術の一つを会得したアカデミー時代以来だろう。
寝起きして詰め所に出勤し、任務とチャクラを与えられ、『時間』という名に換算された報酬を得、次の任務に着くまで細々と寿命を消費する。最低限の鍛錬はしたいので、娯楽にまわす分のチャクラはイルカにはない。里内には映画館等もあるのだが、イルカは入ったことがない。
楽しみといえばせいぜい大好物の『一楽』のラーメンを食べるくらいだったのだ。
そのイルカの唯一の楽しみの中に、憧れの『白い牙』の嫡子がいるのである。もしかしたら『白い牙』の、知られざる逸話など聞くことができるかもしれないではないか。
注文したラーメンを待つ間も気持ちはどんどん舞い上がる。期待を込めて猫面の先輩である狗面を眺めていると、つい顔が綻んでしまう。
出来上がったラーメンを前に暗部は当たり前のように面を外した。
そこでイルカはちょっと我に返った。相手は暗部だ。富裕層だ。高貴な獣なのである。こんなにあっさり面を外していいわけがなかった。イルカがたまに街中で見る暗部は、飲み食いするのに顔など曝さない。
だから聞いた。そんなに簡単に面を外していいのか、と。
彼はイルカの疑問に面倒くさそうに答えた。
面をつけたまま飲食しているように見せる術ではなく、顔を見られても見た者は記憶できなくなる術を使っているからいいそうだ。
言われてみれば、イルカはこの暗部の素顔を、こういう顔だったのかと見入ってしまう。『白い牙』に似ていることは間違いないが、少年の首の上に、中年の男の顔がのっているわけはない。
数日前の戦時で見ていたはずなのに、その時とまるきり同じ顔かというと、同じ顔なのだろうが助けられたあの場面での彼の面差しがいま回想できない。イルカも知らず高度な術をかけられていたらしい。
ますますこの暗部に吸い寄せられ釘付けになる。なぜならとても綺麗な顔立ちなのだ。
横から見た鼻がまるで定規を当てて削ったように整った三角だ。そう横顔だから気付いたが、目元の睫毛など長くて柔らかにカーブしていて、虫の羽根のようにパタパタとはばたきそうだ。上下の唇の膨らみは控えめでそっと蓋された薄紅色の二枚貝のようだ。
おまけにイルカが最近硬く太くなり始めた髯が、彼の口元や顎には見当たらない。そういえばふだん面からもろにはみ出ている髪は銀色なのだと思い至り、眉も透明感のある色素が象っているのを確認して、髯もそんな色なら目立たないのだろうと悟った。
それなのにそんな美麗な顔で口調は冷たい。どれくらいのチャクラを消費をする術なのか、質問したイルカに素っ気無く、二時間程度と言う。
イルカは仰天してしまった。
イルカが調子にのって誘ったがために、図らずも恩人に要らぬ消費を強いていたのだ。
無論、富裕層が、日常を送るにも闘うにも物を購入するのにも、充分過ぎるチャクラを所持しているのは知っている。だがそれでも不死の忍びはいない。
慌てて謝罪した。
「俺は暗部の人はみんな時間持ちだからって頭でいたけど、人前で飯食うことがどれだけ消費するかまで考えてなかったです。すみません」
「じゃーいいかげんラーメン食っていい? どんどん時間たつしチャクラ減るし、麺がのびるし」
もっとも過ぎることを言われ、イルカは更に動揺してしまった。イルカがごちゃごちゃ話しかけるから、それそのものが彼の時間の浪費に違いない。おまけにラーメンは刻一刻とのびる。
「おっしゃる通りです、先輩さん」
暗部が肩を聳やかしラーメンに箸をつけるのを見届けるより早く、イルカも丼に向かう。掬った面をがっつちり口中に放り込み、熱さに慌てふためいていると騒々しい、とまた不興を買う。
「……つーか、なんであんたまで『先輩』なの?」
イルカが自分を先輩さんと呼ぶことが腑に落ちないのだろう。
それならイルカだって、ちゃんとうみのイルカという名前があるのに、あんただの、おまえだのと呼ばれるのは楽しくない。自分は暗部の名前を知らない。けれど向こうは自分の氏素性は把握しての任務なのだ。
単純に名前を知らないからだ、という言いわけには、事実の他に、自分がちゃんと名前で呼んで欲しい願望も含まれていた。
里長がどんなつもりで彼を自分の見張りに就けたのかはわからない。イルカが『白い牙』を敬っているのを知ってのことか、偶然か。
今月はイルカを見張る、と先輩さんは言った。今月なんてあと七日もない。イルカはチャクラの譲渡の件で今回のように暗部に付きまとわれることが何度かあったが、彼は初めてだった。これは類い稀な縁であるに違いない。イルカの中では『白い牙』の秀でた技と慈愛に満ちた生涯は神話である。憧れの人の忘れ形見を特別視せずにおれようか。
どうせ長くは生きないのだから、余命の猶予を無くして朽ちるとき、絶命を確認してくれるのが彼ならいいなとさえ思う。
けれど決して『白い牙』と混同するつもりはない。暗部の少年の中に、彼の人の面影を見つけるのが嬉しいことは否めぬが──。
2012.05.06 初出
(そら誘ったのは俺なんだけど……)
狗面の暗部はついてきた。最初の数メートルはイルカが強引に引っ張ってしまったけれど煩そうに手を払われたあとは黙ってイルカの真後ろを歩いてきたのだ。
彼はイルカが尊敬する『白い牙』の間違いなく息子で、特殊部隊で刻の監視委員で、つっけんどうな物言いをするが人としては普通に優しいようだった。
暗部の少年とラーメン屋『一楽』のカウンター席に並んで座ったころには、すっかり浮かれていた。こんなにワクワクした気持ちになったのは、初めて忍術の一つを会得したアカデミー時代以来だろう。
寝起きして詰め所に出勤し、任務とチャクラを与えられ、『時間』という名に換算された報酬を得、次の任務に着くまで細々と寿命を消費する。最低限の鍛錬はしたいので、娯楽にまわす分のチャクラはイルカにはない。里内には映画館等もあるのだが、イルカは入ったことがない。
楽しみといえばせいぜい大好物の『一楽』のラーメンを食べるくらいだったのだ。
そのイルカの唯一の楽しみの中に、憧れの『白い牙』の嫡子がいるのである。もしかしたら『白い牙』の、知られざる逸話など聞くことができるかもしれないではないか。
注文したラーメンを待つ間も気持ちはどんどん舞い上がる。期待を込めて猫面の先輩である狗面を眺めていると、つい顔が綻んでしまう。
出来上がったラーメンを前に暗部は当たり前のように面を外した。
そこでイルカはちょっと我に返った。相手は暗部だ。富裕層だ。高貴な獣なのである。こんなにあっさり面を外していいわけがなかった。イルカがたまに街中で見る暗部は、飲み食いするのに顔など曝さない。
だから聞いた。そんなに簡単に面を外していいのか、と。
彼はイルカの疑問に面倒くさそうに答えた。
面をつけたまま飲食しているように見せる術ではなく、顔を見られても見た者は記憶できなくなる術を使っているからいいそうだ。
言われてみれば、イルカはこの暗部の素顔を、こういう顔だったのかと見入ってしまう。『白い牙』に似ていることは間違いないが、少年の首の上に、中年の男の顔がのっているわけはない。
数日前の戦時で見ていたはずなのに、その時とまるきり同じ顔かというと、同じ顔なのだろうが助けられたあの場面での彼の面差しがいま回想できない。イルカも知らず高度な術をかけられていたらしい。
ますますこの暗部に吸い寄せられ釘付けになる。なぜならとても綺麗な顔立ちなのだ。
横から見た鼻がまるで定規を当てて削ったように整った三角だ。そう横顔だから気付いたが、目元の睫毛など長くて柔らかにカーブしていて、虫の羽根のようにパタパタとはばたきそうだ。上下の唇の膨らみは控えめでそっと蓋された薄紅色の二枚貝のようだ。
おまけにイルカが最近硬く太くなり始めた髯が、彼の口元や顎には見当たらない。そういえばふだん面からもろにはみ出ている髪は銀色なのだと思い至り、眉も透明感のある色素が象っているのを確認して、髯もそんな色なら目立たないのだろうと悟った。
それなのにそんな美麗な顔で口調は冷たい。どれくらいのチャクラを消費をする術なのか、質問したイルカに素っ気無く、二時間程度と言う。
イルカは仰天してしまった。
イルカが調子にのって誘ったがために、図らずも恩人に要らぬ消費を強いていたのだ。
無論、富裕層が、日常を送るにも闘うにも物を購入するのにも、充分過ぎるチャクラを所持しているのは知っている。だがそれでも不死の忍びはいない。
慌てて謝罪した。
「俺は暗部の人はみんな時間持ちだからって頭でいたけど、人前で飯食うことがどれだけ消費するかまで考えてなかったです。すみません」
「じゃーいいかげんラーメン食っていい? どんどん時間たつしチャクラ減るし、麺がのびるし」
もっとも過ぎることを言われ、イルカは更に動揺してしまった。イルカがごちゃごちゃ話しかけるから、それそのものが彼の時間の浪費に違いない。おまけにラーメンは刻一刻とのびる。
「おっしゃる通りです、先輩さん」
暗部が肩を聳やかしラーメンに箸をつけるのを見届けるより早く、イルカも丼に向かう。掬った面をがっつちり口中に放り込み、熱さに慌てふためいていると騒々しい、とまた不興を買う。
「……つーか、なんであんたまで『先輩』なの?」
イルカが自分を先輩さんと呼ぶことが腑に落ちないのだろう。
それならイルカだって、ちゃんとうみのイルカという名前があるのに、あんただの、おまえだのと呼ばれるのは楽しくない。自分は暗部の名前を知らない。けれど向こうは自分の氏素性は把握しての任務なのだ。
単純に名前を知らないからだ、という言いわけには、事実の他に、自分がちゃんと名前で呼んで欲しい願望も含まれていた。
里長がどんなつもりで彼を自分の見張りに就けたのかはわからない。イルカが『白い牙』を敬っているのを知ってのことか、偶然か。
今月はイルカを見張る、と先輩さんは言った。今月なんてあと七日もない。イルカはチャクラの譲渡の件で今回のように暗部に付きまとわれることが何度かあったが、彼は初めてだった。これは類い稀な縁であるに違いない。イルカの中では『白い牙』の秀でた技と慈愛に満ちた生涯は神話である。憧れの人の忘れ形見を特別視せずにおれようか。
どうせ長くは生きないのだから、余命の猶予を無くして朽ちるとき、絶命を確認してくれるのが彼ならいいなとさえ思う。
けれど決して『白い牙』と混同するつもりはない。暗部の少年の中に、彼の人の面影を見つけるのが嬉しいことは否めぬが──。
2012.05.06 初出
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