刻の監視者3 / ねこまたぎ 忍者ブログ

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「木葉日」の徒然

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※映画『TIME』ネタでカカイル。

 幅は二十センチ、長さは三十センチ程度、人の腕が半分埋まる溝を備えた鋼鉄の機械は忍び用の精算機だ。店主がカウンター側のキイで請求額を入力すると、そこに腕をのせた忍びのチャクラが支払い分減少する。
 二人分、と言ったイルカに『一楽』の店主はちょっとだけ細い眼を見開いたが、それでも指はラーメン二杯分の数値をキイで弾いた。
 チャクラを吸収する機械音が鳴る寸前、イルカの腕は精算機から外れている。イルカの手首を掴んで持ち上げていたのは暗部である。不愉快顕わに唸った。
「おい、いいかよく聞け、チャクラの使い方の基本の一つだ覚えとけ。自分の食い扶持は自分で、だ。わかったか」
 暗部の説教には、おまえはアカデミーの年少組みか、と罵声もついてくる。
「でも誘ったの俺だから──」
「不味いものを食うために寿命を縮める趣味はない。食いたかったからついてきた」
 そう言うと暗部はイルカの腕を除けた場所に自分の腕をのせた。
「おやじ、一人前の精算」
 頷いた店主が機械の数字を打ち直す。精算機が暗部の時間をきっかり二十分吸い込むのをイルカはまじと眺めてしまった。わかっていたが上向きになった暗部の腕には、桁違いの数字が並んでいた。現時点で所有するチャクラは百年分を超えている。里長並みではないだろうか。
 無論、大技で大量消費はするだろうが、持ち時間の長さはこの暗部の強さそのものだ。イルカと同世代にしか見えないのに、どれだけ稼ぎが良いのだろうか。生業はイルカと同じでも、生きている時限が異なってでもいるように、特殊部隊の力は里を統べる長に近く、近いだけに名の通り特殊なのだろう。
 彼の一度の任務の報酬など、イルカには想像がつかない。おぼろげに記憶している両親のチャクラ量は、余裕のある時でさえ十年程度だったのだ。
 精算を済ませた暗部が、床に転がしたままだった手甲やら忍刀を元通りに身に着けはじめている。それを見てみぬふりでイルカも自分の分の精算をした。
 暖簾を外へとくぐる直前、暗部は装備の仕上げのように面で顔を覆った。それが当たり前のことであるのにも関わらず、イルカはなんとなく力が抜けた。覆い隠してしまっては惜しいと思うような、類い稀な美貌がこの世の中には或るらしい。無論、個々の感覚で美醜の価値は異なるだろうが、少なくともイルカは今日この眼で見た彼の人相に、ぞっくりと魂を抜かれてしまっていた。
 それなのに、いま頭の中で回想しようとしても、既に面の向こうの顔の細部が脳内で再生できない。彼の顔がもうわからないのだ。
 思い出せないくせに、怖ろしく綺麗だったという感想だけくすぶっている。おかしな心境である。
 だからイルカはまた見たい。確認したい。
 予告無く記憶が霞んだことには落胆した。かつて何かをこんなに惜しく、悔しく感じたことはあっただろうか。
 イルカの心中を知ってか知らずか、暗部はイルカの中忍用の寮とは反対方向へ歩き出そうとする。
 暗部は嫌そうに振り向いた。イルカが咄嗟に暗部の忍服の裾を掴んでいたからだ。
「今度はなに?」
「俺の見張りするって言ってた」
「他にもいくとこあんの。あんたは自宅待機でしょ。帰りな」
「残念。せっかく仲良くなれたのに」
「なってねー」
 苛立ちがそのまま乱暴な口調になる暗部に、イルカはあっさり諦めた風に手をゆるめた。微かに彼が吐いた溜息の隙をつくように、裾から放した手を狗の面の両脇にかける。面の縁を摘むと、それは同時に銀髪に触れることとなった。
 イルカは獣の体毛の意外な柔らかさを指先で感じ取る。逆立っているから剛毛かと思いきや、綿をつついたような手応えが不思議で、指を通し撫で付けてみたくなる。
 だがそんな衝動は、未然に拒まれていた。イルカの手は叩き落されたのだ。装備を毟り取るまでいかない戯れでも更に彼の機嫌を損ねたろうに、イルカは言わずにいられなかった。
「お面しちゃうのもったいねーなって、先輩さん美人だから」
「おかげさまで醜男と言われたことはないな」
 視界の確保のために面に穿たれた穴の向こうで、暗部のつぶれていない方の眼が瞬きしたようだった。けれどそれは面の厚みのせいで顔面に落ち続けている影がもたらす錯覚かもしれない。また、小さな穴のこちら側から得られる情報など、最初から捻じ曲げられているのかもしれない。
 だったら美麗な容貌さえ幻なのか。化かされたような気分で透ける筈もない面を窺いながらイルカはおどけた。
「正規部隊で顔出してたら、そのへんのくの一がみんなきゃーきゃー言いそう」
「顔出さなくてもチンコ出せば色町のおねーちゃんたちがアンアン言ってるよ」
 暗部の返しにイルカの肩ががっくり落ちる。この暗部は、口をきかない方が美しい、と思う。
「きれーな顔のわりに下品」
「悪かったな」
 暗部は歩き出している。イルカの足は自然後ろを追っていた。
「おんなのひと、いつも買う?」
「たまに。おまえその年で買ったことないのか?」
「貧困層に遊郭で遊ぶチャクラの余裕なんてない」
「だから貧乏人は堅実な恋愛結婚が多いんだよな。まさかあんた……」
──童貞だったりして、という質問はイルカの耳朶に血を集めてしまう。富裕層には容易く体感可能な娯楽でも、貧困層にはタイムリミットとの闘いだ。だが俯いてしまったのは、貯えの乏しさを恥じたわけではなかった。見目良く可愛らしい同胞に、声をかける勇気がないこと然り、そういうことに関心が薄いことで、ミズキにおかしいと訝られた過去も然り。
──おまえちょっとおかしいよ。
 ことある毎に友人に言われ続けてきた。『白い牙』への強い憧憬も、ありとあらゆる欲への希薄さも、生への執着がないからだろう、と。
 気付けば暗部は笑っていた。そういうことをする仲のくの一がいないのか、と。
「やっと任務こなしてギリギリの生活なのに、女の子と付き合うどころじゃない」
「俺もくの一とはご免だけどな。いたしたあとうっかり寝込んでチャクラ取られたりする間抜けいるし。最初からチャクラ奪う目的の女もいる」
「そういう死に方──」
「間抜けだろ?」
「や、けっこういいかも」
 誰か好んだ相手と夜と快楽を分け合って、安らかな眠りに着いたまま二度と眼が覚めなければ、最後の時に苦しくも哀しくも寂しくも感じることはないのだ。たとえ騙されたとしても、気付かずに消えてしまうのならば、憎悪も感じることはないだろう。
 イルカの本心から出た言葉は、暗部の足を止めていた。


2012.05.15初出


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