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「木葉日」の徒然

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2011.05.03

 イルカの帰宅時の寄り道は習慣づいていた。
 アカデミーの正門に向かわず校舎の裏手にまわる。回り道の両脇には雑草が生い茂る。丈の高低を競うように伸びほうだいの蒼色に、暖色の花弁も混じっているが花の名が今は出てこない。淫行に疲弊した身体で視る風景は輪郭がひどく曖昧だ。
 勤務中には適宜張を隅々まで巡らせていても職場を離れた途端に現がぼやけてしまう。
──己は何者と化したのか。
 カカシに嫌われまいと奴隷のように這い蹲り醜態を晒す術中の自分が強烈過ぎて、本物である自我の存在が次第に霞んでゆくようだった。
 あれは自分じゃない。望んでいない、と断言できるのに、体内の疼きや悦楽は嘘とはほど遠い。
 覚えてしまった堕落は甘美であった。 
 慣らされたから、強要されたからを言い訳にしてみても浅ましさはひた隠しにしていたつけか、解放を待ちわびていたかのように狂気に等しい。 
 偽者の貪欲さに本物が侵食されそうだ。
(終りにしないと……)
 体内に巣くう欲を追い出すために何としてもこのままではいられなかった。
 それからイルカは気付いていた。術中の、自分を通り越し遠くを視るカカシは冷めていた。
 カカシの本音が偽の自分はわかるのだ。カカシは本当は偽者を望んでいない。偽者の向こうに現実を視て傷ついてすらいるよ
うだった。
 意地で引き下がれないだけか。月が満ちると偽者が求めるせいか。
 ある意味、既に慣習じみてしまったような交わりではなかろうか。そのうちカカシは厭くだろう。虚しくなるだろう。それだ から拷問じみた行為はエスカレートしていくのではないか。
 お互いのためには微塵もならないこの関係は早急に切るべきだった。
 カカシに引っ込みがつかないならイルカが行動するしかない。
(あなたも解放されればいいんだ)
 解術の鍵を握る筈の男の住まいを目指す。遠めに長屋の明かりの連なりに、月輝の部屋の玄関灯が視えた気がした。手前から数えて九番目。確かに明かりがついていた。やっと会えるか、と安堵と喜びで守衛等の宿舎まで早足になる。間もなく月輝の部 屋前に立ったイルカは小走りに駆けてきた足を落胆で止めることになった。表札が変わっていた。部屋を違えることはない。両 隣はこれまで通りの表札がかかっている。
 無駄とわかっていたが新しい住人に声をかけた。応じて玄関ドアを開け放したのは月輝とは似ても似つかぬ縦にひょろ長い体躯の男だ。知らない顔だ。遠方任務で里外に何年も派遣されていた手だろう。
 向こうもイルカを知らないようで、おたくどちらさん? と訊かれる。
「あの、こちらにいらした方は役換えで転居されたのでしたか? 自分は知らなくて、いらっしゃるとばかり思って訪ねてきたものですから」
 初老の忍は微かに息を吐いた。溜息に聞こえた。
「月輝なら殉職した」
「え?」
「あんた、やつと友達だったのか?」
 肩を叩かれた。男はそれ以上の会話は面倒そうに、イルカを叩いた手でドアを閉めにかかっている。
 残念だったな、と言うセリフが閉じられる寸前のドアから洩れてきた。

2011.05.03

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