ねこまたぎ
「木葉日」の徒然
2008.11.14
カカシの脚はのらくらと商店街を縫っていた。火影邸に戻る発言は嘘でも空腹は真実だ。行き損ねたラーメン屋のメニューに代わる適当な食材を求めてブラブラと歩く。眼だけで物色しながら手にはまだ一つも買い物袋などさげられていない。日暮れた往来で人の隙間を往きながら次第に食欲など減退して歩く目的など失せていた。
三日ぶりにイルカを見た。イルカのカカシを視る眼は人前では冷静を装っていても、侮蔑を確実に含み恨み辛みを滴らせ凄みが効いている。一瞬、そんな風に睨まれる自分の愚かさや哀れさに暗い心境に追いやられはするのだが、イルカの結膜一枚隔てた向こう側に、怯えや自己への嫌悪を垣間見ては、こんな眼をさせることができるのは、こんな眼で視られるのは自分だけ、という優越に浸る。支配しているのは、有利なのは自分の方だ、とも。
彼が睨んでくればくるほどに、聖人ぶって無垢な子供と戯れていても無駄だと思う。毅然と張る胸殻など他愛無い。空気に曝して息を吹きかけてやるだけで、勃ちあがるほど軟弱なくせに、よくもそんなにもきっちり既製服の襟を正していられるものだと感心する。
地べたに転がし服地を割き、彼のもっとも貪婪な内臓を人目にさらし、衆目の中で犯してやったら睥睨してくるイルカに対し、どんなにすっきりするかとさえ思う。
もっともそんなことはできはしない。イルカが淫らな本質を隠そうとすればするほど、裏側に隠蔽している濃密な色は滲み出すようで、それはカカシが怖れるカカシ自身の弱みでもあったのだ。
イルカは自然の理に反した欲望を身の内に秘め、それを是が非でも隠し通して生きたいらしかったが、その考えが永遠に不変であるとは限らない。
イルカの箍はいつか外れるかもしれない。そうしたら彼はカカシ以外の男の前でもあの淫らさを曝すだろう。
彼は同じ男が好きなのだから。
勝手にすれば良いとも、誰にもあんな彼を見せたくないとも思う。
術中のイルカはことのほか淫乱だ。こちらが食われるかと思うくらい。どれだけひどくしても嫌がらない。マゾヒズムに酔い易く小道具を使ってもかなり良いらしかった。自分の性器以外で射精するイルカを視ると玩具に嫉妬も覚えるが、一番の良いのは自分の手管とわからせたくて、逆にカカシの方が燃えたりもする。
そのような濃い逢瀬が月のうち、たった一度の割合でしか巡ってこないのが口惜しい。
イルカが他の誰かに身を委ねるもしもを考えるとやりきれない。仕草で誘うか、ストレートに言葉で誘うだろうか。誘惑される雄どもはさぞかし意外に思い、けれど拒む者は少ないような気がする。性の何たるかも知らぬ幼い忍らと戯れている教師に、受付所で生真面目に書類を捌き、善良と無垢を張り付けた笑顔で何の我欲も見せない中忍に、直接的な行為を強請られれば雄どもはまず仰天し、次いで呆れもするだろう。そして逡巡ののち、見かけ穢れの一つもないような男が同じ男に蹂躙される想像を膨らませ舌を舐めるだろう。
特にあの男は危ない、とカカシはイルカに最近馴れ馴れしいコスギという中忍を思う。自分の留守中、イルカを不埒な場所に誘った男だ。
月の満ちた夜に里を空けるのは危ない。イルカは自分を探しじっとはしていないのだ。術の効力や事情を知るとはいえ、里長はそんな個人の都合を配慮する気はさらさらなく、もとから内勤のイルカを殊更外の任務に向かわせることはないのだが、月齢などおかまいなくカカシを使う。むしろイルカとの関係を切らせたいのはみえみえで、それはカカシの嫡子誕生を算段する御意見番の影響のせいかもしれず、自分の付き人がイルカに恋慕しているのを知ったせいかもしれなかった。
状況はいろいろと胸くそが悪かった。考えるほどに空腹など失せる。背の背嚢がやたらに重くて煩わしい。気付けば食い物を売る店の軒をあらかた通り過ぎている。居酒屋や小料理屋に入るのも面倒で踵を反す。自宅に飛ぶつもりで両手を組んだその瞬間、書店から今しがた出てきた青年と眼があった。
青年は丸い黒眼をキョトリと動かし、偶然ですね、と言いはしたがさして驚いた様子ではない。書店内にいたうちからカカシの気配など察知していただろう。店前を往き過ぎるタイミングを計算して外に出てきたに違いない。
「テンゾウか。なに、おまえ休暇中?」
「はい。今日だけですけどね。先輩は任務の帰りですか?」
「まーね」
カカシは組み損ねた印を完全に解いていた。自然持ち上がる手で決まり悪く髪を掻く。この後輩も事情を知る一人で、イルカのことには否定的だから顔つき合わせて楽しいことはない。それも男が男に恋慕することを憂うより、カカシの思いは恋ではない、と言う里長とは違った否でカカシを煩わすのだ。
テンゾウの私服のシャツのたくしあげた袖下に、抱えているのは買い求めてきた書籍らしい。毎度の建築関係の本だろう。他人の作品のデザインや構造、素材の果てまでを眺めるのは彼の少ない趣味だ。好きなのは完全な木造で、気に召さないのは新建材をふんだんに使ったプレハブ住宅だった。
「子供達と一緒じゃないんですね」
続いてしまった会話に内心苦虫をつぶす。テンゾウは可愛い部下の一人、うずまきナルトに封印されている九尾に関わる忍で、いずれ彼の力を借りるかもしれないことを思うとあからさまに邪険にもできなかった。
「サクラは御両親が忍でないだけに帰宅時間が遅くなると心配するからね、外勤の時は里に着いたら極力早く帰すことにしてる。ナルトは……」
「ナルトは?」
先を促されてカカシは不快に脚を持ち上げる。知らぬふりで転移してしまえば良かったと今更後悔しながら元来た道へと踵を反した。
「ナルトはどうしたんですか?」
問いながら後ろを歩くテンゾウは聞かずには済まない勢いだった。着いて来られるのも煩わしくて口を開く。
「イルカ先生と一楽に夕飯食いに行ったよ」
あぁ、いちらく、とテンゾウが復唱しながら笑いを混ぜるのが耳に障った。
「先輩、誘ってもらえなかったんですか?」
「俺とナルトで行くはずだったんだよ、近道にアカデミーの裏手の道を通ったらあの人がいて……」
「ナルトの前で険悪なムードをさらすのもはばかれる。かといって何もないようには談笑もできないので先輩は辞退した、と」
視てきたように図星を突く後輩に、カカシはげんなりと肩が落ちた。テンゾウはそんなカカシの萎えはどこ吹く風で、横に並んでくる。
「うみの中忍がアカデミーの裏手に通うのは、あの方目的ですよね」
カカシは頷いた。
「そうだよ。狸はしら切るのも面倒になって極力合わないようにしてるらしいけどね」
大丈夫ですかね、と呟いたテンゾウは腕の袋を抱え直してガサガサと書籍を鳴らした。
「大丈夫って言い方があってんのかどーかしらないけどね、あの人が術そのものを解明したからといって解く力を得るわけじゃなし……」
「いえ、違います。月輝さんのことですよ」
テンゾウは潜めた声で、狸男の名を呟いた。それまでカカシをからかうような口調さえ見せていたくだけた雰囲気がなくなっていた。
「狸が、なに?」
「鬼のように任務こなしてるらしいです」
「死に急ぐみたいにか? 昨日今日始まったことじゃないでしょうそんなのは」
あの男はとんと生に執着がないのだ。昔から。楽しみといえば飲酒で、酒の抜けない頭でも平気で任務に着く。酒気など匂わせずに、得意とする幻術で敵を酔わせる幻の使い手であった。
「あの方が亡くなったら部隊も痛手ですが、先輩はどうするんですか?」
テンゾウは月輝のことを心配しているのか、カカシの先を案じているのか、そんなことを言う。
「死を悼んで狸の骸に酒をかけるかな」
「術が解けることを言ってるんですよ、僕は」
テンゾウは珍しく苛立ったような口調になっている。
「なにいらついてんの、おまえ」
カカシはテンゾウを訝しく視た。特殊部隊の後輩は、まるでカカシのありとあらゆる憤りが感染したように、書籍の袋をきつく抱いている。
2008.11.14
三日ぶりにイルカを見た。イルカのカカシを視る眼は人前では冷静を装っていても、侮蔑を確実に含み恨み辛みを滴らせ凄みが効いている。一瞬、そんな風に睨まれる自分の愚かさや哀れさに暗い心境に追いやられはするのだが、イルカの結膜一枚隔てた向こう側に、怯えや自己への嫌悪を垣間見ては、こんな眼をさせることができるのは、こんな眼で視られるのは自分だけ、という優越に浸る。支配しているのは、有利なのは自分の方だ、とも。
彼が睨んでくればくるほどに、聖人ぶって無垢な子供と戯れていても無駄だと思う。毅然と張る胸殻など他愛無い。空気に曝して息を吹きかけてやるだけで、勃ちあがるほど軟弱なくせに、よくもそんなにもきっちり既製服の襟を正していられるものだと感心する。
地べたに転がし服地を割き、彼のもっとも貪婪な内臓を人目にさらし、衆目の中で犯してやったら睥睨してくるイルカに対し、どんなにすっきりするかとさえ思う。
もっともそんなことはできはしない。イルカが淫らな本質を隠そうとすればするほど、裏側に隠蔽している濃密な色は滲み出すようで、それはカカシが怖れるカカシ自身の弱みでもあったのだ。
イルカは自然の理に反した欲望を身の内に秘め、それを是が非でも隠し通して生きたいらしかったが、その考えが永遠に不変であるとは限らない。
イルカの箍はいつか外れるかもしれない。そうしたら彼はカカシ以外の男の前でもあの淫らさを曝すだろう。
彼は同じ男が好きなのだから。
勝手にすれば良いとも、誰にもあんな彼を見せたくないとも思う。
術中のイルカはことのほか淫乱だ。こちらが食われるかと思うくらい。どれだけひどくしても嫌がらない。マゾヒズムに酔い易く小道具を使ってもかなり良いらしかった。自分の性器以外で射精するイルカを視ると玩具に嫉妬も覚えるが、一番の良いのは自分の手管とわからせたくて、逆にカカシの方が燃えたりもする。
そのような濃い逢瀬が月のうち、たった一度の割合でしか巡ってこないのが口惜しい。
イルカが他の誰かに身を委ねるもしもを考えるとやりきれない。仕草で誘うか、ストレートに言葉で誘うだろうか。誘惑される雄どもはさぞかし意外に思い、けれど拒む者は少ないような気がする。性の何たるかも知らぬ幼い忍らと戯れている教師に、受付所で生真面目に書類を捌き、善良と無垢を張り付けた笑顔で何の我欲も見せない中忍に、直接的な行為を強請られれば雄どもはまず仰天し、次いで呆れもするだろう。そして逡巡ののち、見かけ穢れの一つもないような男が同じ男に蹂躙される想像を膨らませ舌を舐めるだろう。
特にあの男は危ない、とカカシはイルカに最近馴れ馴れしいコスギという中忍を思う。自分の留守中、イルカを不埒な場所に誘った男だ。
月の満ちた夜に里を空けるのは危ない。イルカは自分を探しじっとはしていないのだ。術の効力や事情を知るとはいえ、里長はそんな個人の都合を配慮する気はさらさらなく、もとから内勤のイルカを殊更外の任務に向かわせることはないのだが、月齢などおかまいなくカカシを使う。むしろイルカとの関係を切らせたいのはみえみえで、それはカカシの嫡子誕生を算段する御意見番の影響のせいかもしれず、自分の付き人がイルカに恋慕しているのを知ったせいかもしれなかった。
状況はいろいろと胸くそが悪かった。考えるほどに空腹など失せる。背の背嚢がやたらに重くて煩わしい。気付けば食い物を売る店の軒をあらかた通り過ぎている。居酒屋や小料理屋に入るのも面倒で踵を反す。自宅に飛ぶつもりで両手を組んだその瞬間、書店から今しがた出てきた青年と眼があった。
青年は丸い黒眼をキョトリと動かし、偶然ですね、と言いはしたがさして驚いた様子ではない。書店内にいたうちからカカシの気配など察知していただろう。店前を往き過ぎるタイミングを計算して外に出てきたに違いない。
「テンゾウか。なに、おまえ休暇中?」
「はい。今日だけですけどね。先輩は任務の帰りですか?」
「まーね」
カカシは組み損ねた印を完全に解いていた。自然持ち上がる手で決まり悪く髪を掻く。この後輩も事情を知る一人で、イルカのことには否定的だから顔つき合わせて楽しいことはない。それも男が男に恋慕することを憂うより、カカシの思いは恋ではない、と言う里長とは違った否でカカシを煩わすのだ。
テンゾウの私服のシャツのたくしあげた袖下に、抱えているのは買い求めてきた書籍らしい。毎度の建築関係の本だろう。他人の作品のデザインや構造、素材の果てまでを眺めるのは彼の少ない趣味だ。好きなのは完全な木造で、気に召さないのは新建材をふんだんに使ったプレハブ住宅だった。
「子供達と一緒じゃないんですね」
続いてしまった会話に内心苦虫をつぶす。テンゾウは可愛い部下の一人、うずまきナルトに封印されている九尾に関わる忍で、いずれ彼の力を借りるかもしれないことを思うとあからさまに邪険にもできなかった。
「サクラは御両親が忍でないだけに帰宅時間が遅くなると心配するからね、外勤の時は里に着いたら極力早く帰すことにしてる。ナルトは……」
「ナルトは?」
先を促されてカカシは不快に脚を持ち上げる。知らぬふりで転移してしまえば良かったと今更後悔しながら元来た道へと踵を反した。
「ナルトはどうしたんですか?」
問いながら後ろを歩くテンゾウは聞かずには済まない勢いだった。着いて来られるのも煩わしくて口を開く。
「イルカ先生と一楽に夕飯食いに行ったよ」
あぁ、いちらく、とテンゾウが復唱しながら笑いを混ぜるのが耳に障った。
「先輩、誘ってもらえなかったんですか?」
「俺とナルトで行くはずだったんだよ、近道にアカデミーの裏手の道を通ったらあの人がいて……」
「ナルトの前で険悪なムードをさらすのもはばかれる。かといって何もないようには談笑もできないので先輩は辞退した、と」
視てきたように図星を突く後輩に、カカシはげんなりと肩が落ちた。テンゾウはそんなカカシの萎えはどこ吹く風で、横に並んでくる。
「うみの中忍がアカデミーの裏手に通うのは、あの方目的ですよね」
カカシは頷いた。
「そうだよ。狸はしら切るのも面倒になって極力合わないようにしてるらしいけどね」
大丈夫ですかね、と呟いたテンゾウは腕の袋を抱え直してガサガサと書籍を鳴らした。
「大丈夫って言い方があってんのかどーかしらないけどね、あの人が術そのものを解明したからといって解く力を得るわけじゃなし……」
「いえ、違います。月輝さんのことですよ」
テンゾウは潜めた声で、狸男の名を呟いた。それまでカカシをからかうような口調さえ見せていたくだけた雰囲気がなくなっていた。
「狸が、なに?」
「鬼のように任務こなしてるらしいです」
「死に急ぐみたいにか? 昨日今日始まったことじゃないでしょうそんなのは」
あの男はとんと生に執着がないのだ。昔から。楽しみといえば飲酒で、酒の抜けない頭でも平気で任務に着く。酒気など匂わせずに、得意とする幻術で敵を酔わせる幻の使い手であった。
「あの方が亡くなったら部隊も痛手ですが、先輩はどうするんですか?」
テンゾウは月輝のことを心配しているのか、カカシの先を案じているのか、そんなことを言う。
「死を悼んで狸の骸に酒をかけるかな」
「術が解けることを言ってるんですよ、僕は」
テンゾウは珍しく苛立ったような口調になっている。
「なにいらついてんの、おまえ」
カカシはテンゾウを訝しく視た。特殊部隊の後輩は、まるでカカシのありとあらゆる憤りが感染したように、書籍の袋をきつく抱いている。
2008.11.14
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