ねこまたぎ
「木葉日」の徒然
2008.09.28
イルカが授業から戻ってみると、自分の机上にノート代の紙切れが載っていた。白い用紙にコピーされた一覧表は任務受付所の五月分のシフトである。ざっと目を走らせ確認したのは、日付や時間帯ではなく、同日同時間に隣りに座る同僚の名だ。
内勤者の中にイルカを複雑な心境に追い込むコスギという男がいる。細かな活字を追って赤鉛筆で自分の名を四角く囲み、彼とひと月のうち計四度、顔を合わせなければならないことに溜息した。
コスギは日々なれなれしくなっていた。イルカの性癖を掴んだ気になり親近感でもわいているのだろう。ゆえにわけ知り顔ではたけカカシの名を囁いてくる。
コスギに気を許していない。かまをかけられてもしらを切り通している。
もっともイルカは彼の指摘する、あやしい仲の相手と疎遠になっていた。月に一度の割で訪れる、術による逢瀬以外めっきり口をきいていない。
思うだけでイルカの憂鬱は増した。鬱屈した気分を払うために立ち上がる。概ね思うままにならぬのが現実だ。
失くした時間を惜しみ、過去のカカシの言動を反芻する。
かつてイルカが敬った男を取り戻すことはできないだろう。せめて自分だけでも修復したくてイルカは独り解術を模索する。
同情してくれている夕日紅も、公平な審判者である里長も、術そのものを知らない。唯一頼れるかと考えていたアカデミーの裏手に住む月輝という男は、意外に外の任務が多いらしく、訪ねても留守がちでなかなか会えない。それどころか避けられているような気がする。校舎を見廻る姿を見かけ追った時、勝手知ったる建物内で、イルカは月輝を見失ったのだ。
幻を打破するため第二図書室に通いつめ資料を漁るのと、図書室からの帰り、長屋の月輝の住まいに伝言を残すのは習慣になった。
イルカはその日も受付の勤務がないのを幸いに、図書室で日暮れまで過ごし、帰り際に月輝の住家に寄った。ドアを叩いて留守を確認する。隣家の忍らも今日は留守が多いのか、長屋全体が静かであった。
郵便受けからドアの内側に、連絡請うと書いた紙切れを入れようとしてやめた。これだけ姿を見ないということは、長期の任務に出たのだろう。ドアの向こうにイルカの伝言は溜まっている筈だ。
踵を返して空を仰ぐ。月が出ていた。膨らみかけの楕円を忌々しく視る。迫る刻限から逃れるように早足になる。
後ろから知った気配が追ってきた。日の光にも似た明るい声で呼び止められる。
イルカは思わず振り向いて、笑って応じたあとに、そうした自分を悔やむ。卵色の髪を弾ませ嬉しそうに駆けてくるナルトの向こうに、闇の歪みのように忌々しい影がいた。脚が自然竦み、上肢は強張った。いい加減、慣れても良いのに神経は相変わらず内側から棘が生えたように逆立った。
「イッルカせんせー、これからカカシ先生と一楽行くんだってばよ。一緒に行こう」
緊張する腕をナルトに掴まれる。カカシは無表情に、どーも、とだけ言って両手をポケットに突っ込んだままだった。数日かかる任務からの帰還だろう、二人の背中に背嚢があった。サクラは先に帰したのか、姿が見えない。ナルトが修行の旅から帰った先月から、元七班はサスケが抜けたままスリーマンセルの新チームとして任務についていた。
腕を繰り返し揺すられて、ナルトに笑顔を繕うが、イルカはカカシと席を並べて飯を食う気はさらさらなかった。
仕事を理由に断るつもりで口を開きかけると、離れた位置からカカシがナルトに声をかけたのが早かった。
「ナルト、イルカ先生と二人で行けば」
「え? カカシ先生は? 腹減ってぶっ倒れそーって言ってたじゃん」
「や、俺、五代目のとこにもっかい行くから」
「なんで? 報告済んだのに?」
「報告洩れ、思い出した」
言うなりナルトの返事は待たずにカカシは姿を消した。
イルカはぼんやりとカカシの消えた跡を少しの間眺めてしまう。気を利かせたのか、遠慮なのか。配慮というには逃げにも取れる態度にありがたみは感じなかった。
冷めた気分でナルトの頭に手を置くと、不思議そうに仰がれる。
「……へーんなの、カカシ先生。めんどい書類バッチリの筈だったけど。先々単独任務の時の練習だからって、俺とサクラちゃんで手分けして書いて、カカシ先生が何度もチェックして……」
へーんなの、を繰り返し、それでもナルトはイルカの手を引いた。ま、いいか、が彼の結論らしく、思考はすぐに一楽のメニューに移ってしまうところがイルカを和ませた。
「おまえは、かわってねーな」
一楽への道すがら、イルカが言うと、ナルトは大袈裟に肩を聳やかして背中の背嚢を持ち上げた。
「イルカせんせーさ、なんべんそれ言ってんだよ。俺が帰ってきてから、えっとー、五回目?」
「そうか?」
イルカがそんなに何度も言ったのかと苦笑すると、ナルトは口を尖らせる。
「成長したよーで、してねーって言われてるみてーでなーんかやなんだってばよ」
「おい、それ違うぞ。褒めてんだよ」
「はぁ? 意味わかんねーし」
「わかれよ、ばか。おまえのな、底が抜けそうな無邪気なとこにホッとすんだよ、俺は。どんなに辛いことあってもな、おまえはめげたりしねーから」
ナルトの長所を褒めちぎることに、イルカは躊躇はない。少年の忍としての成長ぶりは、里長から聞いて知っている。引き換えに様々な苦衷を味わっても、年相応のらしさと、本来の明るさを失わずにいることは凄いと思う。
「おまえといると、癒される」
本音で告げると照れたのか、ナルトの頬は少し赤らんだ。
「笑えるんだろ?」
「それもある」
笑いあい、肩を組むと背丈が伸びたナルトの髪がイルカの顎を擽る。見上げてくるので間近で目が合った。
「……あのさ」
「ん?」
「イルカ先生はー、ちょっと変わったかもな」
「どこが? 老けたか?」
「ちげーよ、わかんねーけど、カカシ先生も、かな」
イルカの脚は一楽まであと数メートルで止まってしまった。
「なぁ、俺がいねー間に、先生たち、喧嘩でもした?」
聞かれてイルカは笑う。心から笑うのは難しかったが、ひきつってさえ見えなければ良しとした。
「……してねーよ。普通だろ」
笑顔のまま声にすると、イルカは先に立って一楽の暖簾をくぐった。
2008.09.28
内勤者の中にイルカを複雑な心境に追い込むコスギという男がいる。細かな活字を追って赤鉛筆で自分の名を四角く囲み、彼とひと月のうち計四度、顔を合わせなければならないことに溜息した。
コスギは日々なれなれしくなっていた。イルカの性癖を掴んだ気になり親近感でもわいているのだろう。ゆえにわけ知り顔ではたけカカシの名を囁いてくる。
コスギに気を許していない。かまをかけられてもしらを切り通している。
もっともイルカは彼の指摘する、あやしい仲の相手と疎遠になっていた。月に一度の割で訪れる、術による逢瀬以外めっきり口をきいていない。
思うだけでイルカの憂鬱は増した。鬱屈した気分を払うために立ち上がる。概ね思うままにならぬのが現実だ。
失くした時間を惜しみ、過去のカカシの言動を反芻する。
かつてイルカが敬った男を取り戻すことはできないだろう。せめて自分だけでも修復したくてイルカは独り解術を模索する。
同情してくれている夕日紅も、公平な審判者である里長も、術そのものを知らない。唯一頼れるかと考えていたアカデミーの裏手に住む月輝という男は、意外に外の任務が多いらしく、訪ねても留守がちでなかなか会えない。それどころか避けられているような気がする。校舎を見廻る姿を見かけ追った時、勝手知ったる建物内で、イルカは月輝を見失ったのだ。
幻を打破するため第二図書室に通いつめ資料を漁るのと、図書室からの帰り、長屋の月輝の住まいに伝言を残すのは習慣になった。
イルカはその日も受付の勤務がないのを幸いに、図書室で日暮れまで過ごし、帰り際に月輝の住家に寄った。ドアを叩いて留守を確認する。隣家の忍らも今日は留守が多いのか、長屋全体が静かであった。
郵便受けからドアの内側に、連絡請うと書いた紙切れを入れようとしてやめた。これだけ姿を見ないということは、長期の任務に出たのだろう。ドアの向こうにイルカの伝言は溜まっている筈だ。
踵を返して空を仰ぐ。月が出ていた。膨らみかけの楕円を忌々しく視る。迫る刻限から逃れるように早足になる。
後ろから知った気配が追ってきた。日の光にも似た明るい声で呼び止められる。
イルカは思わず振り向いて、笑って応じたあとに、そうした自分を悔やむ。卵色の髪を弾ませ嬉しそうに駆けてくるナルトの向こうに、闇の歪みのように忌々しい影がいた。脚が自然竦み、上肢は強張った。いい加減、慣れても良いのに神経は相変わらず内側から棘が生えたように逆立った。
「イッルカせんせー、これからカカシ先生と一楽行くんだってばよ。一緒に行こう」
緊張する腕をナルトに掴まれる。カカシは無表情に、どーも、とだけ言って両手をポケットに突っ込んだままだった。数日かかる任務からの帰還だろう、二人の背中に背嚢があった。サクラは先に帰したのか、姿が見えない。ナルトが修行の旅から帰った先月から、元七班はサスケが抜けたままスリーマンセルの新チームとして任務についていた。
腕を繰り返し揺すられて、ナルトに笑顔を繕うが、イルカはカカシと席を並べて飯を食う気はさらさらなかった。
仕事を理由に断るつもりで口を開きかけると、離れた位置からカカシがナルトに声をかけたのが早かった。
「ナルト、イルカ先生と二人で行けば」
「え? カカシ先生は? 腹減ってぶっ倒れそーって言ってたじゃん」
「や、俺、五代目のとこにもっかい行くから」
「なんで? 報告済んだのに?」
「報告洩れ、思い出した」
言うなりナルトの返事は待たずにカカシは姿を消した。
イルカはぼんやりとカカシの消えた跡を少しの間眺めてしまう。気を利かせたのか、遠慮なのか。配慮というには逃げにも取れる態度にありがたみは感じなかった。
冷めた気分でナルトの頭に手を置くと、不思議そうに仰がれる。
「……へーんなの、カカシ先生。めんどい書類バッチリの筈だったけど。先々単独任務の時の練習だからって、俺とサクラちゃんで手分けして書いて、カカシ先生が何度もチェックして……」
へーんなの、を繰り返し、それでもナルトはイルカの手を引いた。ま、いいか、が彼の結論らしく、思考はすぐに一楽のメニューに移ってしまうところがイルカを和ませた。
「おまえは、かわってねーな」
一楽への道すがら、イルカが言うと、ナルトは大袈裟に肩を聳やかして背中の背嚢を持ち上げた。
「イルカせんせーさ、なんべんそれ言ってんだよ。俺が帰ってきてから、えっとー、五回目?」
「そうか?」
イルカがそんなに何度も言ったのかと苦笑すると、ナルトは口を尖らせる。
「成長したよーで、してねーって言われてるみてーでなーんかやなんだってばよ」
「おい、それ違うぞ。褒めてんだよ」
「はぁ? 意味わかんねーし」
「わかれよ、ばか。おまえのな、底が抜けそうな無邪気なとこにホッとすんだよ、俺は。どんなに辛いことあってもな、おまえはめげたりしねーから」
ナルトの長所を褒めちぎることに、イルカは躊躇はない。少年の忍としての成長ぶりは、里長から聞いて知っている。引き換えに様々な苦衷を味わっても、年相応のらしさと、本来の明るさを失わずにいることは凄いと思う。
「おまえといると、癒される」
本音で告げると照れたのか、ナルトの頬は少し赤らんだ。
「笑えるんだろ?」
「それもある」
笑いあい、肩を組むと背丈が伸びたナルトの髪がイルカの顎を擽る。見上げてくるので間近で目が合った。
「……あのさ」
「ん?」
「イルカ先生はー、ちょっと変わったかもな」
「どこが? 老けたか?」
「ちげーよ、わかんねーけど、カカシ先生も、かな」
イルカの脚は一楽まであと数メートルで止まってしまった。
「なぁ、俺がいねー間に、先生たち、喧嘩でもした?」
聞かれてイルカは笑う。心から笑うのは難しかったが、ひきつってさえ見えなければ良しとした。
「……してねーよ。普通だろ」
笑顔のまま声にすると、イルカは先に立って一楽の暖簾をくぐった。
2008.09.28
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