ねこまたぎ
「木葉日」の徒然
2012.03.25
ベテランの幻術使いの訃報はカカシにも伝わってきた。だがカカシが感傷に浸っていたのは短い時間だ。暗部の後輩から耳打ちされた半日後には、渋面の里長にテンゾウと共に呼びだされていた。
執務室では腕組みした綱手の隣りに忍豚を抱いた付き人がいつものように控えている。この付き人がカカシはたぶん綱手よりも苦手だ。イルカのことに関しては綱手に比べればおおむね協力的で同情的だが、気を抜けば足元を掬われる様な予感があった。
彼女はイルカのことを異性として好いている。他にももちろんイルカに恋慕しているくの一は存在するだろうが、カカシとの諍いを知っている点でシズネは群を抜いて油断がならない。イルカを意のままに弄っていてもイルカに疎まれているという、カカシの弱みを掌握している。
「月輝の遺体が見つからん。処理班が現場をくまなくさらったが、ない」
女火影は言った。渋面の原因である。
「遺体がないのにどうして狸が死んだという報せがきたんですか?」
綱手はカカシの真横に顎を向ける。面をつけたままのテンゾウがいた。
「テンゾウが絶命を見てるのさ」
テンゾウは頷いた。
「先輩、僕は見たんですよ。月輝さんの頸が撥ねられた瞬間を」
聞くとテンゾウ等は別件で帰路の途中、月輝の率いる小隊の戦闘現場に出くわしたらしい。
「手助けは要らないとおっしゃられたし自分たちも急いでいましたから、でも嫌な予感がして──」
ふと去り際、テンゾウが振り向いた時には血飛沫が噴いていたという。
「で、肝心な任務自体はどうなったんです」
「他の者が完遂させているよ。月輝の遺体が見つからない他はなんの問題もなく」
「一緒に組んでいた隊の奴らは同じ現場にいてなぜ狸の遺体を見失ってんですか?」
続けて一番の疑問を投げたカカシに綱手が苦く笑う。
「たぶん脚のある亡霊になったからだろう」
カカシは思いがけない火影の発言に小さくだが息を呑んだ。
「まさか……生きてる?」
「そうだね。そのまさかだよ。月輝のような年季の入った奴に裏切られるとは思わなかったね。近頃、胡散臭いことばかりが起きるよ、なぁカカシ」
綱手は嫌味とわかる発言のあと、執務室のドアに視線を投げた。来たようだね、というセリフの直後、扉を叩く音がした。
カカシは微かに床に目線を落とした。日常で顔を突き合わせ楽しくない相手の気配であったのだ。
「お入り」
だるそうな綱手の応えに、神妙な声がかえった。
「うみのイルカ、入ります」
イルカは執務室に入るなり、腰を礼儀正しく折った。頭をあげてから執務室の面子に目線を静かに泳がせ、順に顔ぶれを確認する様は、土台の精悍な面差しを裏切るものだった。瞼が腫れぼったく隈とみえる影が両眼の精彩を欠いていた。
いかにも寝不足を描いたような疲労を引き摺ったイルカの様相をこっそり盗み見、優越と征服欲を味わい昂揚していたのはカカシだけで、他のものは一瞬、いや数秒、と各々違いはあったにせよ何とも複雑な心境でけっきょくは皆が皆、眼を逸らした。
綱手がいち早く気を取り直し、咳払いした。
「月輝が生存している証拠がイルカだろう。来い」
手招く医療のスペシャリストにイルカは無言で従い、綱手の前に立った。
「イルカ、事情は使いにやった者からきいているな?」
「はい」
「よし。じっとしておいで。いま確かめるから。カカシの息の根が止まれば術は解けるだろう。だがその前に月輝が絶命すればカカシがかけた幻術そのもの無効になると月輝は言っていた」
イルカの胸倉に、刺すように人差し指を突き立てた綱手は、己の指の先にも眼があるような素振りで視えてきた、と呟き、それから間もなくほうらな、と口端を持ち上げた。
「術が生きている。月輝のチャクラがまだイルカの中にある。だから一昨日の満月の夜、カカシと一緒だったはずだ」
夜を通して一緒にいた。綱手の表現はさっくりとしていたが事実は二人が肉欲三昧の不埒な時間を過ごしていたと知れている。イルカの頬が羞恥に赤く染まり、眉間が狭まったのは、カカシに対する批難と、自身をも唾棄するゆえの表れだろう。
綱手が短く溜息した。
「生きているのに連絡を寄越さないからといって、すぐ抜けたと決め付けるのはどうかとも思うんだけどね、仲間に絶命の現場をわざわざ見せたのが気に入らない。おまえちょっと調べて来い」
顎をしゃくられてカカシは火影の命を拒む理由もなく、御意、と答えて早速踵を返す。
「期限は?」
「そうだね、七日はやろう。それと独りじゃ不自由もあるだろうから──」
連れて行きな、と綱手が示した相手は、テンゾウと思い後輩を見れば、当のテンゾウは両肩を竦めている。
それまで静かに控えていたシズネが一歩踏み出していた。
「綱手さまっ!」
仰天したというより、咎める口調でシズネが火影の名を呼んだ。
綱手の視線は、イルカを指していた。
2012.03.25
執務室では腕組みした綱手の隣りに忍豚を抱いた付き人がいつものように控えている。この付き人がカカシはたぶん綱手よりも苦手だ。イルカのことに関しては綱手に比べればおおむね協力的で同情的だが、気を抜けば足元を掬われる様な予感があった。
彼女はイルカのことを異性として好いている。他にももちろんイルカに恋慕しているくの一は存在するだろうが、カカシとの諍いを知っている点でシズネは群を抜いて油断がならない。イルカを意のままに弄っていてもイルカに疎まれているという、カカシの弱みを掌握している。
「月輝の遺体が見つからん。処理班が現場をくまなくさらったが、ない」
女火影は言った。渋面の原因である。
「遺体がないのにどうして狸が死んだという報せがきたんですか?」
綱手はカカシの真横に顎を向ける。面をつけたままのテンゾウがいた。
「テンゾウが絶命を見てるのさ」
テンゾウは頷いた。
「先輩、僕は見たんですよ。月輝さんの頸が撥ねられた瞬間を」
聞くとテンゾウ等は別件で帰路の途中、月輝の率いる小隊の戦闘現場に出くわしたらしい。
「手助けは要らないとおっしゃられたし自分たちも急いでいましたから、でも嫌な予感がして──」
ふと去り際、テンゾウが振り向いた時には血飛沫が噴いていたという。
「で、肝心な任務自体はどうなったんです」
「他の者が完遂させているよ。月輝の遺体が見つからない他はなんの問題もなく」
「一緒に組んでいた隊の奴らは同じ現場にいてなぜ狸の遺体を見失ってんですか?」
続けて一番の疑問を投げたカカシに綱手が苦く笑う。
「たぶん脚のある亡霊になったからだろう」
カカシは思いがけない火影の発言に小さくだが息を呑んだ。
「まさか……生きてる?」
「そうだね。そのまさかだよ。月輝のような年季の入った奴に裏切られるとは思わなかったね。近頃、胡散臭いことばかりが起きるよ、なぁカカシ」
綱手は嫌味とわかる発言のあと、執務室のドアに視線を投げた。来たようだね、というセリフの直後、扉を叩く音がした。
カカシは微かに床に目線を落とした。日常で顔を突き合わせ楽しくない相手の気配であったのだ。
「お入り」
だるそうな綱手の応えに、神妙な声がかえった。
「うみのイルカ、入ります」
イルカは執務室に入るなり、腰を礼儀正しく折った。頭をあげてから執務室の面子に目線を静かに泳がせ、順に顔ぶれを確認する様は、土台の精悍な面差しを裏切るものだった。瞼が腫れぼったく隈とみえる影が両眼の精彩を欠いていた。
いかにも寝不足を描いたような疲労を引き摺ったイルカの様相をこっそり盗み見、優越と征服欲を味わい昂揚していたのはカカシだけで、他のものは一瞬、いや数秒、と各々違いはあったにせよ何とも複雑な心境でけっきょくは皆が皆、眼を逸らした。
綱手がいち早く気を取り直し、咳払いした。
「月輝が生存している証拠がイルカだろう。来い」
手招く医療のスペシャリストにイルカは無言で従い、綱手の前に立った。
「イルカ、事情は使いにやった者からきいているな?」
「はい」
「よし。じっとしておいで。いま確かめるから。カカシの息の根が止まれば術は解けるだろう。だがその前に月輝が絶命すればカカシがかけた幻術そのもの無効になると月輝は言っていた」
イルカの胸倉に、刺すように人差し指を突き立てた綱手は、己の指の先にも眼があるような素振りで視えてきた、と呟き、それから間もなくほうらな、と口端を持ち上げた。
「術が生きている。月輝のチャクラがまだイルカの中にある。だから一昨日の満月の夜、カカシと一緒だったはずだ」
夜を通して一緒にいた。綱手の表現はさっくりとしていたが事実は二人が肉欲三昧の不埒な時間を過ごしていたと知れている。イルカの頬が羞恥に赤く染まり、眉間が狭まったのは、カカシに対する批難と、自身をも唾棄するゆえの表れだろう。
綱手が短く溜息した。
「生きているのに連絡を寄越さないからといって、すぐ抜けたと決め付けるのはどうかとも思うんだけどね、仲間に絶命の現場をわざわざ見せたのが気に入らない。おまえちょっと調べて来い」
顎をしゃくられてカカシは火影の命を拒む理由もなく、御意、と答えて早速踵を返す。
「期限は?」
「そうだね、七日はやろう。それと独りじゃ不自由もあるだろうから──」
連れて行きな、と綱手が示した相手は、テンゾウと思い後輩を見れば、当のテンゾウは両肩を竦めている。
それまで静かに控えていたシズネが一歩踏み出していた。
「綱手さまっ!」
仰天したというより、咎める口調でシズネが火影の名を呼んだ。
綱手の視線は、イルカを指していた。
2012.03.25
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